2-7『同行者への疑い』
運び屋と別れた燐美の勇者達は、ひとまず落ち着くべく手頃な宿屋を見つけていた。
院生「はぁ……」
あてがわれた部屋に入ると、燐美の勇者と院生はそれぞれベッドに腰を下ろす。
燐美の勇者「院生さん、疲れちゃった?」
院生「ちょ、ちょっと。馬に乗るなんてあんまりなかったもので……」
麗氷の騎士「今夜はゆっくり休んでくれ、この町を出たら次の町までしばらくかかるからな」
麗氷は言いながら部屋の窓を開け放つ。
燐美の勇者「所でさ麗氷。門の警備、見た?」
麗氷の騎士「嫌でも目に付く。障壁周りの警備が異様に物々しかったからな」
燐美の勇者「そもそもさ、この町全体がなんだが異様に物々しいよね」
燐美の勇者は、麗氷の騎士が開けた窓から外を見る。
凪美の町はそこまで大きな町ではない、
だが窓から見えるこの町を囲う城壁は、町の規模とは不釣合いなほどに堅牢な物だった。
麗氷の騎士「この国に入る前に、この紅の国の成り立ちは聞いたろう?」
燐美の勇者「うん、三つの国の緩衝地帯として生まれたんだっけ?珍しいよね」
麗氷の騎士「かつてこの町は三大国の国境の境目にあったらしい。
保有していたのは雲翔の王国で、当時は大事な城塞だったそうだ。
ただ国境が変わってからは、その役目も無くなったそうだが」
燐美の勇者「それなのにあの物々しさ?なんかあったのかな?」
麗氷の騎士「分からないな、もしかしたら先の噂がらみかもしれないが……、
あまり長い居はしないほうがいいかもな」
燐美の勇者「そっかー……じゃ、聞き込みも先送りだね」
院生「聞き込みって、燐美さん達の探してる武器や道具についてですか?」
燐美の勇者「うん、それもあるんだけど……できればね、院生さんの帰る方法についても詳しく調べたかったんだ」
院生「え……私の?」
麗氷の騎士「言っていただろう?院生さんは異世界から飛ばされて来たと。
もしかしたらその原因は転移魔法に関わるものかもしれない」
院生「転移魔法……そんなのもあるんですね」
燐美の勇者「うん、ある場所から別の場所まで一瞬で移動できる能力。
といっても、“あくまでこの世界の中で”であって、
異世界に行ける魔法ってのは、ボク達も聞いた事ないんだけどね……あはは……」
麗氷の騎士「だが無いと決まったわけでもない。とにかく調べてみない事には始まらない、と思ったんだが……
院生さんにも話したとおり、この国は国勢が不安定だ。
腰を据えて調べるには向かない」
燐美の勇者「実際、昨日の町もここもそんな雰囲気じゃないもんね。
昨日の町でそれとなく聞いてみたけど、相手にされないわ、鼻で笑われちゃうわで……。
あ、院生さんの名前は出さなかったから安心して」
院生「え?」
燐美の勇者の最後の言葉に、院生の顔に疑問が浮かぶ。
麗氷の騎士「町で行方不明が起こっているという噂は聞いただろう?
そんなよくない噂が飛び交う国内で、院生さんの話を下手に出して目立つことは避けたいんだ」
院生「あ、そうか……ごめんなさい、私そんな所まで気が回ってなかった……」
麗氷の騎士「院生さんが謝ることではないさ。普通に生活している分には、本来気にするような事ではないからな」
燐美の勇者「そうそう……って言うか、そういうボク自身達は、
魅光の国の勇者だって各町で名乗っちゃってるんだけどね」
麗氷の騎士「私達はしょうがないだろう。身分の提示、証明は全ての国の勇者に共通する義務だ。
勇者の名を偽り、不貞を働く輩もいると聞くからな、まったく……」
呟き、溜息を吐く麗氷の騎士。
麗氷の騎士「まぁ、そこは心配無いだろう。私達が自ら名乗るのは抑止の意味もあるから」
院生「抑止ですか?」
麗氷の騎士「ああ。私たち含め各国の勇者に身分提示の義務があるのは、
対魔王軍連盟に参加している数十カ国からの後押を受け、支援してもらっているからなんだ。
連盟の後ろ盾がある勇者に手を出せば、連盟加盟国を全て的に回す事になるからな。
襲ってくる馬鹿はまずいないだろう」
院生「そうなんだ……」
麗氷の騎士は説明の後に、少し得意げな表情を見せる。
一方で、燐美の勇者は少し呆れの混じった表情で、麗氷の騎士を見ていた。
燐美の勇者「……なーんか麗氷、組織の大きさを盾にする小悪党みたい」
麗氷の騎士「なッ!?そ、そんなつもりはない!院生さんを安心させようとしただけだ!」
燐美の勇者「へぇー」
院生「わ、私は分かってますよ……!?ありがとうございます麗氷さん」
麗氷の騎士「と、とにかく!そういう事だし、私達もついている。
院生さんが心配するような事はないから、安心してくれ。
ただ、いった通り院生さんの転移の原因については少し先になりそうなんだ」
院生「わかりました、それはしょうがないですよね」
燐美の勇者「じゃあ、ちょっと休憩したら買出しに行くけど、それまでは休んでて。
ボク達は下でちょっと聞き込みをしてくるから」
部屋を出た燐美の勇者達は、廊下を歩きながら話をしている。
燐美の勇者「ねぇ麗氷、院生さんには少し先って言ったけど、具体的にはどれくらいかかると思う?」
麗氷の騎士「そうだな……この国を出て、笑癒の公国のどこかの町で腰を据えて調べられればと思っているが……、
少なくとも10日20日程度では無理だろうな」
燐美の勇者「だよね。それに隣の国がまともな国ならいいけど、ここみたいだったらどうする?」
麗氷の騎士「そうでないと祈りたいが……どうだろうな。栄と結束の王国を出たときはまだ穏やかだったに、
大陸を東に行く程にきな臭さが酷くなってゆくからな。
各町の空気は重くなり、よろしくない輩を見かける率も増える」
燐美の勇者「院生さんの時含めて、四回も盗賊みたいなのと出くわしたからねー……。
正直ボク達の国って、このご時勢ではかなり平和なほうだったよね」
麗氷の騎士「私達の心与の大陸は、魔王軍の拠点から一番遠い大陸だからな。
むしろ今は、この大陸の状況のほうが普通なんだろう……」
少しの間、押し黙る二人。
燐美の勇者「……もしさぁ、笑癒の公国でもゆっくりできないようなら、
院生さんを連れて魅光の王国に戻ろうかと考えてるんだ」
麗氷の騎士「ッ!なんだって……?」
燐美の勇者「だってそれしかないじゃん。このまま院生さんを連れて対魔王戦線に合流するなんてできないし、
かといって院生さんを見知らぬ土地に置いてくなんて論外だし」
麗氷の騎士「それはそうだが!勇者としての使命はどうなる!?」
燐美の勇者「その時は院生さんの件が終わってから再出発すればいいじゃない。
ほら、道中調べ切れなかった宝具の情報とかもあったしさ」
麗氷の騎士「そんな悠長な事を……!だいたい、何もそこまでする事は……!」
燐美の勇者「……ひょっとしてさぁ、麗氷って院生さんの事疑ってる?」
麗氷の騎士「!」
燐美の勇者の問いかけに、麗氷の騎士は言葉を詰まらせた。
麗氷の騎士「……正直、疑問に思っている所はある。
確かに不思議なものをいくつも見せられたが、異世界だなんて……
院生さんの手前はっきりとは言わなかったが、正直鵜呑みにはできない」
燐美の勇者「まぁ、ボクもそのへんはピンと来てないよ。
でもさ、いちばん今の事態を信じられてないのは院生さんだと思うんだよね。
院生さんの不安な表情は何度か見たでしょ?
あれは本当にどうしたらいいか分からないって顔だったよ」
麗氷の騎士「確かにそうだが……」
燐美の勇者「それにさ、ナイトウルフを相手にした時、危険を顧みずに助けに来てくれたじゃない?
ボク達だって恩があるし、そんな人一人助けられないようじゃ、
ボク達に世界なんて救えないよ?」
麗氷の騎士「そうだな……どうにも私は、先の事しか見えていなかったようだ」
麗氷の騎士は自分の顔を両手で軽く叩いた。
麗氷の騎士「しかし、いきなり帰国はさすがに話が飛びすぎだ。もし笑癒の公国で目処が立たない様なら、
月詠湖の王国まで引き返し、そこで院生さんの転移について調べてはどうだ?」
燐美の勇者「あ、それいいね」
麗氷の騎士「はぁ、まったく……」